朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身

家が浄土真宗で、子どものころから、お経を聞くたびにこの言葉を聞いていました。蓮如さんの言葉です。
「朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて、夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり」
地震と津波と原発事故が起こりました。東海大地震と富士山の噴火も不安です。どこか絵空事だったことが、現実のものとしてあります。
ずっと、考えていました。
いま、自分の生き方が問われているんだな。そう思います。

よく、学習アドバイスで、「『わかる』と『できる』はちがうんだ。」と言います。
先生の説明を聞いて、「わかった」と思っても、テストになると、「できない」ことはよくあります。「わかった」と思ったら、自分の使える言葉に直して、いつでも使いこなせるようにしておかないと、いざというときに使えません。
そんなことを、よく言います。

似たことを、思っています。

今回の地震と津波で、自分が「死」や「身近な人との別れ」と隣り合わせで生きていることを、今更のように実感しました。
頭では、わかっていました。でも、毎日の生き方の中では、受け止められていませんでした。

「死」や「身近な人との別れ」は、イヤだと言っても受け入れなければいけない。拒否することも、見ないふりをすることもできないです。
いつ、死と別離が訪れても、了として受けとめられる覚悟をして生きていきたいです。

日々の生活がおくれることに感謝。
人に優しく自分に厳しく。
仕事をがんばって。消費生活もがんばって。寄付もがんばります。
明るく楽しく、毎日を完全燃焼。

日本を、すごくいい国にしていきたいです。
それが、今回亡くなられた方に送る、いちばんいい贈り物のように思います。


コメント

  • その通りですね。
    普通に暮らせること。それがどんなに素晴らしいことなのか…
    改めて…お釈迦様の教えをかみしめています。



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